✨ 歓迎!後期高齢 | アラフィフの私が、いつか来るその日を愛おしく待つ

私のこと

みなさん、ごきげんよう。

75歳の母。

3年ほど前には、小学生時代の同級生たちとのプチ同窓会へ出かけた。

2年前には、中学生時代の仲良し4人組との再会。

昨年は近所の友人と10日間のクルーズ旅行へ行った。

遠方に住む娘のところへ1か月滞在し、その土地の友人と1泊旅行へ出かけたりもしている。

そんな母を見ていると、75歳という年齢のイメージが少し変わる。

私はどこかで、75歳という年齢をもっと静かなものだと思っていた。

でも母の毎日は、思っていたより賑やかだ。

会いたい人がいて、出かける予定があって、次の楽しみがある。


中学生時代の仲良し4人組と会って帰ってきた母が、楽しそうに話をしていた。

「あの子がこんなこと言ってね」

「あの子とこの子が言い合いになってね」

聞いていると、我が子が小学生や中学生の頃にしていた話とリンクする。

もちろん話しているのは75歳の女子。

健康の話もしただろうし、家族の話もしただろう。

それでも母の口から出てくるのは、健康も老後も無縁の中学生女子の話だった。

何十年ぶりかの再会なのに、遠慮して近況報告をするだけではない。

ちゃんと関係が動いている。

そのことがなんだか微笑ましかった。


でも私は、母がそうなるまでの時間を知っている。

母は専業主婦として家計をやりくりし、自由に使えるお金が多くなかった。

祖父母や父の介護をし、

娘や孫の心配をし、見守り、

気づけば、家族のことを優先する時間がずっと続いている。

それでも今、母は友人と再会し、旅に出て、新しい思い出を増やしている。


若い頃には見えなかった景色。

子育て中にはたどり着けなかった時間。

介護の最中には想像もできなかった再会。

75歳になった母は、それらを少しずつ受け取っているように見える。

母を見ていると、人生には、その時には見えない景色があるのだと思う。

そして今の母もまた、その景色の途中にいる。


私も。

あなたもきっと。

そう思うと、今日という日が愛おしく感じるのは気のせいではない。


52歳の私が、いつかたどり着くその場所。

そう考えると、後期高齢も愛おしい。

案外楽しみかもしれない。


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終活も、怖くないかもしれない。

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