🪞 得意を掘る|ファッションは、私の思考のかたち

私のこと

みなさん、ごきげんよう

『シリコンバレー最重要思想家 ナヴァル・ラヴィカント』
という本を、知ってますか?

その書籍の中に、
「自分の得意を見つける」という一文があります。
その言葉をきっかけに、
自分は人生の中で、
いったい何にいちばん時間を費やしてきたのだろうと、
ふと思い立ったので……

今回は、そのことについて、
言葉にして残しておこうと思います。



 私の原点


振り返ってみると、
“得意なこと”= 人生の中で長く費やしてきたことは、
ファッションに関することのような気がする。

ファッションは、
子どもの頃から今もずっと、
好きなもののひとつだ。

子どもの頃は着せ替え遊びに没頭して、
ハンカチや布を使って、
自分なりにコーディネートしたり、
それに合わせて、
ビーズでアクセサリーを作ったりもしていた。

母は、
手作りの洋服を着せてくれる人だった。
気に入ったデザインの服は、
布柄を変えて作ってくれて、
同じ形でも、
柄が違うだけでまったく別のものになる。
そんな感覚を、
自然と感じていた気がする。
ファッションを、
いつも気にかけてくれる人だった。

大人になってからも、
服と向き合うのは、やっぱり好きだ。
今思えば、
服はただ着るものではなく、
組み合わせたり、考えたりしながら、
自分を表現するもののひとつになっている。



 私のファッションは文化


ファッションや流行には、
きっとそれぞれに
背景や思想のようなものが
あるんだろうな、と思っている。

それを正確に理解しているわけではないし、
詳しく説明できるわけでもない。

ただ、
ファッション映画を観たり、
SNSでファッションウィークのショーや
ファッション情報を
意識的に見ているなかで、
「何かしらの意図」や
「この時代の空気感」のようなものが、
にじんで見える気がする。

空間のつくり方や、
音楽、光の使い方。
モデルのメイクや髪型、
起用されている人の雰囲気。

それらを全部ひっくるめて、
何となくな雰囲気を受け取り、
何となくなその雰囲気を取り入れている。

正解かどうかは、
あまり気にしていない。

ただ、
そうやって眺めていると、
ファッションは
単なる服ではなく、
その時代の空気や感覚が
形になったもののように感じられる。

だから、

流行は文化だと思っている。



 私の服の選び方


私の服の選び方は、
特にこだわりのブランドがあるわけではない。

雰囲気が合いそうな、
お手頃な価格のお店に入って、
まずは実際に見てみる。

お店に入ると、
服を一つずつ、
メンズ・レディース関係なく、
年齢や性別の枠もあまり意識せず、
流すように見ていく。

気になったものがあれば、
手に取って、全体を眺める。

試着して、
形や着心地を確かめながら、
手持ちのアイテムと
バランスよくコーディネートできそうかを
頭の中でイメージする。

「これ一枚でどうか」よりも、
「手持ちとどうつながるか」。

着まわしテクありき。

それが、私には大事だ。



 私の得意


服を選ぶことは、

私にとって特別なことだ。

今あるものをインプットして、
自分を通して、
自分らしくアウトプットしている。

つまり、
流行や素材をそのまま使うのではなく、
手持ちと組み合わせながら、
自分の形に整えている。

振り返ってみると、
それをずっと繰り返してきた気がする。

これが、
私が人生において長く費やしてきた時間

私の得意なんだと思う。

流行は文化。
時代の空気をまといながら、
自分らしく在る。

それが、私が見つけた、私だけの『得意』の形。

明日もまた、新しい自分を組み合わせていこう。



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